なぜ福沢諭吉が1万円の肖像画なのか?その驚くべき意味を大公開


新年号「令和」に入り早くも2週間が経ちました。

世間がお祭りムードに湧く一方でもう一つHOTな話題があったのを覚えていると思います。

そうです!!

約35年振りに1万円札の肖像画が変更されるというのです。

今日はどうしても読者の皆さんにお伝えしたい事があって、この記事を書くことにしました。※あくまでも主の主観です

日本の最高額面である1万円札の肖像画に隠された本当の意味を是非知っておいてください。

福沢諭吉は何をしたのか?

皆さんは1万円札に描かれている人物を知っていますか??

もちろん知っていますよね。

福沢諭吉です。

ではなぜ福沢諭吉が1万円の肖像画になっているのか。その理由を知っていますか?

恐らくすぐに出てこないのではないでしょうか。

財務省の公式な発表として、

1万円(E券)
表面:福沢諭吉
最高券面額として、品格のある紙幣にふさわしい肖像であり、また、肖像の人物が一般的にも、国際的にも、知名度が高い明治以降の文化人の中から採用したものです。

福沢諭吉の肖像画は東京都港区の慶應義塾福澤研究センター所蔵の写真を素材としています。

とこのようになっています。

福沢諭吉といえば慶應義塾大学の創始者でもあり、翻訳家、教育者、思想家としても有名です。

それ以外にはこんなこともやっています。

1.西洋文化を日本に取り入れた

→肉食や洋服の文化を日本に持ち帰ったのです。

2.保険会社の基礎を作った

→相互扶助の精神のもとで災いの際みんなで支え合う仕組みを作ったのです。

3.中央銀行をつくった

→留学先で銀行の銀行(つまり中央銀行)の仕組みを学び、日本銀行の基礎を作った

4.学問のすゝめを書いた

→冒頭の「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」という言葉が有名。

福沢諭吉はなぜ1万円札の肖像画になっているのか?

そろそろ本題に入りましょう。

1万円札の肖像画に選ばれた理由としてもっとも影響があったのは、

学問のすゝめ」を書いた事だと思います。

一般的に知られているのは、

「学問のすゝめ」の内容では無く、

天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず』という言葉だけです。

この内容にはどのような意味を持っているか、

平等? 差別を無くせ? 残業代を払え?

全部違います。

それは【木を見て森を見ず】と同じで、

全ての文章を読まなければ、その本当の意味を理解することが出来ません。

『学問のすゝめ』に隠された本当の意味

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」

実はこれ「学問のすゝめ」の初編に書かれている冒頭の文章です。

私自身も学校で習った程度で、深い意味までは知りませんでした。

最近までこの言葉は、

人はみな平等であり、生まれや身分による差などは無い

という意味だと思っていました。

実はこれ正しい意味ではありません!!

本当の意味は・・・・・

↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」の後にはもっと続く言葉があります。

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」と言えり。

されば・・・・(かなり省略)・・・

学ぶと学ばざるとによりてできるものなり。

全文読めば分かると思いますが、

福沢諭吉は本当の意味で「人はみな平等」とは言っていません。

というか私達が思っている事とは全く違う事を書いています(;゚Д゚)

簡単に言うと、

君たち、お金持ちになりたかったら、勉強しなさい!!

と言っているんです。

「学問のすゝめ」初編の冒頭を解説すると、

「人間って生まれながらに平等と言われているが、周りを見渡せばそうではない事ばかりだ」

「賢い人がいれば、そうじゃない人もいる」

「お金持ちの人がいるし、生活に苦労している人だっている」

「どうしてこの差が生まれるんだろう?と考えた時に、それは、【知識の差だと気が付いた」

「賢い人ほど勉強して、知識があって、高い位に就いて、その分富も得やすい」

「それに対してお金に苦労してる人は、そもそも学ぼうとしない

「それではいつまでたっても平等にもなれないし、どんどん差が広がっていく

「だからみんな勉強をして知識を得る事が必要なんだ」

「勉強したらその分だけ知識を得ることが出来る」

知識を得るほど富を築きやすい

学ぶ機会はみんなに与えられている

だから人間は平等なんだっ

↑と上記の様な内容になっています。

それで本のタイトルが「学問のすゝめ」(勉強しろ)なんだなぁと思いました。

当時の福沢諭吉が想っていた考えは、まさに現代の世の中の構図を表しているといえます。

格差の広がる社会=学ぶ者と学ばない者との差。

より学ぶ事でより豊かになれる=日本の最高額面紙幣を得られるということです。

それではまた(‘ω’)ノ